によって 佐野晃夫

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仏教と日本古代の医学　農業の発明は、常に移動する狩猟採集生活から、村落を形成して定住化するという、人類社会を根本的に変革した。　初期の素朴な農業から、本格的な農業の発展過程で、強力な指導者の下で多くの人々が集まり、共同で農地を開墾し水路を開削するなど、集団での農作業が主体となった。　 農耕社会の形成で、人々が農地周辺に定住し集団生活するようになると、かつて経験したことのない新しい感染症の流行に見舞われることになった。 かつては小集団や部族間だけの風土病が、多数の人間が集合して農業社会を形成すると、ノミや蚊、そして鼠などを媒介して風土病に免疫を持たない人々に感染症が拡大する。　こうした新たな感染症の拡大につれて、農耕社会の指導者は、祭祀を中心とした呪術や、祈祷を行う原始宗教が必須であった。　小集団の部族が、それぞれの超自然信仰を持っていたが、このような部族固有の信仰は、次第に農耕社会の強力な指導たちによって、呪術的な宗教体系に収斂されていった。 こうして指導者は、呪術的宗教の神官を兼ねるようになり、次第に神権政治によって絶対権力を持つようになる。「共通の神話」を持つことで、人々は一つの民族としての文化や思想を共有する。 農耕社会の規模が拡大するに連れ、流行する風土病や、新たな疾患について、呪いや、さまざまな試行錯誤の治療が、祈祷師や神官によって行われた。　長い年月を掛けた治療経験の集積から、次第に多くの薬草や治療法が蓄積された。それらの知識に長けた神官の一部が、やがて専門の医者になっていく。　農業社会を基盤とした都市国家が成立すると、最も重要だったのが民族「共通の神話」であり、その祭祀を中心に呪術的な宗教によって人々は結び付けられていた。 　このように都市国家の神権政治では、政治権力を裏打ちする宗教的権威の裏付けとして重要だったのが「病気治療」であった。　医学知識と医療行為には、その民族の持つ特有文化と、宗教思想が投影される。　宗教は精神文化に深い関わりを持ち、民衆の生活様式や文化に重要な影響を与えてきた。 医療行為も、その民族思想の深層で、宗教の影響を受けてきた。　神官や医師は最高の知識階級であり、医学や治療に重要な関心を示し、自らが医療行為を研究し実行した。 さて、紀元前450年ころ、インドで釈迦を開祖として開始された初期仏教は、苦しみの輪廻から解脱することを目指している。 苦しみとは、生、老、病、死のことで、この苦しみから解脱することが仏道と教えた。 この根源的苦悩は、日常の修養、すなわち衛生、食養、医療などを通じて、健全なる心身を維持することが、すなわち仏道であり、仏教の教えである、と説いている。 インド発祥の仏教では、釈迦のことを「大医王」と称している。 つまり釈迦は、衆生の心身の病を、仏法を説いて悟りに導くことで癒やすことから、すべての煩悩の病をなおす医師のような存在という意でもある。 釈迦は、「医の王とは、1．善く病を知り、2．善く病の源を知り、3．病を対治し、4．その治病を知り、5．当来再発せしめざるを云う」と述べている。 インドで仏教の成立当初の釈迦の時代に、ジーバカという名医が活躍していた。このため初期の仏教僧集団は、かなり高度な医療技術を持っていた。 こうした背景で、仏典には、医療、衛生、食養に関する記述が多い。 さらに、仏教に大きく影響を与えたインドのアーユルヴェーダを、生活医学と位置づけ、仏教自体が、深い医学思想を有し、その医学体系に基づいた治療を実施し、日常生活の衛生や食養についても指導している。 仏教集団は、その教団内の修行僧に限らず、在家の帰依者にも治療を施し、治療を受けた人は教団に寄付をした。　やがて教団の施設内で病人の治療が始り、仏教と医療は共生し発展していく。のちには施薬院、療病院、悲田院、敬田院などが作られ、一般の人々への施療を行った。 このように仏教と医療が組み合わされ、大衆も仏教の教えを受け入れ、そして仏教が広がっていった。こうして仏教僧集団は、独自の医療技術を有するようになり、仏教の伝播と共に仏教医学も各地に広まった。　日本に仏教が伝来したのは、『日本書紀』には、欽明天皇13年（552年）、百済の聖明王が使者を使わし、仏像や経典を献上したと記されている。やがて仏典とともに、多くの僧侶が渡来してきた。特に百済からの帰化人は、古代日本の医療に多大な影響を与えた。　大和朝廷へ、百済から派遣された「医博士」は、律令制の典薬寮に属し、医術・調剤術を教えた教官である。 　一方、仏教が伝来した後に、国内に疫病が大流行した。　仏教の伝来とともに、僧侶や技術者が大挙して大和に渡来し、人ともに疫病も一緒にやってきた。　その主な疫病のひとつが、痘の大流行であった。 　やがて聖徳太子は、蘇我氏と協調して仏教に帰依し、仏教をもって国を統冶する基本に据えることを決意し、593年、四天王寺を建立した。　まずは、仏教のもつ力、高度な医療知識と医療技術をもって、病に苦しむ民衆を救う事業を行う。　さらに仏教思想を民衆に浸透させることで、大和朝廷への求心力を高め、仏教によって国家を安定させるという「鎮護国家」の思想を導入した。　こうした背景で、仏教の持つ医療知識と技術を導入することに成功した。

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